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ここは天竜浜名湖線岡地駅より少し金指方の 「岡地下」踏切そば。 国道362号から分岐し、 天竜浜名湖線に沿って進む未舗装の道に 入ってみる。 |
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左側にかすかに見えるコンクリート面。 これが遠州鉄道奥山線の「岡地駅」跡らしい。 |
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未舗装の道が角に突き当たって左折するところで 振り返って「岡地駅跡」を見る。 |
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国道362号に戻って再び金指方面へ。 緩やかな坂を上ると、このような巨大消火器が鎮座する 浜松市北消防署がある。 |
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消防署脇の「永田」踏切にて撮影。 ←金指方面|気賀方面→ |
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永田踏切近くの国道362号から撮影。 線路脇(画像右下)には43キロポストがある。 |
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「ハローランチ浜松西店」付近。 この駐車場が廃線跡の一部らしい。 |
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国道257号と国道362号が合流する 「金指西」交差点付近の線路脇。 気賀方面はこのような感じ。そして・・・ |
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金指駅方面を向くと、 コンクリートの構造物とおなじみの緑のネットフェンス。 |
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すぐ近くにある、 車が2台くらい駐車できそうなスペースからは コンクリート構造物がよく見える。 |
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天竜浜名湖線をオーバークロスしているが、 前後は途切れている。 これが遠州鉄道奥山線最大の遺構である 跨線橋。 |
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先にこの地に開業したのは奥山線だが、 後に建設された国鉄二俣線 (現在の天竜浜名湖線)が 東海道本線の迂回ルートであることから、 二俣線側に(所要時間増加の要因である) 勾配区間が生じないよう、奥山線が 地上部分を譲った形となった。 奥山線は二俣線をオーバークロスした後、 浜松湖北高校(旧引佐高校)の野球場脇の 築堤を通って金指駅に向かっていた。 |
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別アングルから撮影した跨線橋。 | ![]() |
「中川」踏切から跨線橋方面を撮影。 | ||
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遠州鉄道奥山線の築堤だったといわれる盛り土。 上には葬祭場と駐車場が造られている。 |
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南側から跨線橋を見る。天竜浜名湖線の線路脇には国鉄用地を表す「工」マーク入りの柱と42.3kmのキロポストがあった。 奥山線が廃止されて50年以上経ち、跨線橋上には雑草が生い茂っているようだ。 |
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いろいろなアングルから跨線橋を撮影していると、金指駅を発車した天竜浜名湖線の新所原行き列車が 目の前、そして跨線橋の下を通過していった。 |
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その後もしばらく跨線橋やその周辺を撮影してから、金指駅へ。 | ||
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県道305号の坂を下ると・・・ | |
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金指駅に到着。 駅舎の左半分を隠すように建っている 2階建ての建物の壁面にはうっすらと 「あすなろプラザ金指校」 の文字が浮かんでいたが、 今はテナント募集中らしい。 |
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国鉄二俣線に蒸気機関車が走っていた時代に 使われていたと思われる高架貯水槽。 |
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駅舎、そして構内踏切を通り抜けて 金指駅のプラットホームへ。 構内には42キロポストがある。 |
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気賀方面。 高架貯水槽の上のほうだけ見えている。 |
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天竜二俣方面。 あまり手入れがされていないのか、 サボテンのような植物が伸び放題になっている。 |
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金指駅は島式1面2線の列車交換可能駅で 金指駅止まり・金指駅始発の列車もある。 金指駅の上屋およびプラットホームは 高架貯水槽とともに登録有形文化財に 指定されている(22-0152〜0153号)。 |
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金指駅近くに金指関所跡があったらしいが、駅の案内看板で気づいたのは次の列車の発車約15分前。 気賀と違い、道端に「金指関趾」の碑があるだけのようだったので、諦めて17時9分発の新所原行き列車に乗って金指を離れた。 |
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新所原で東海道本線に乗り換える途中、 新所原駅新駅舎の工事現場を外から覗いてみた。 新所原駅から豊橋行き普通列車、豊橋から大垣行き新快速列車に乗り継いで名古屋駅に到着。 駅構内のきしめんやで夕食として期間限定の冷やしきしめんを食べた。 この日の宿は名古屋駅から市営地下鉄桜通線で2つ目の「丸の内」駅に近いところだった。 |